リーダーシップにおける脆弱性とオーセンティシティ:インクルーシブな組織を育む「あり方」
変化する時代に求められるリーダーの資質
企業におけるダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DE&I)の推進は、単なる人事戦略を超え、企業の持続的な成長とイノベーションに不可欠な要素となっています。多様なバックグラウンドを持つ従業員一人ひとりが、最大限に能力を発揮し、組織に貢献するためには、何よりもインクルーシブな組織文化の醸成が求められます。
このような環境を築く上で、リーダーの役割は極めて重要です。従来の「強く、完璧であるべき」といったリーダー像に加え、近年注目されているのが「脆弱性(Vulnerability)」と「オーセンティシティ(Authenticity)」といった資質です。これらは一見、ビジネスリーダーには不向きに思えるかもしれませんが、インクルーシブな組織文化を育む上で強力な力となり得ます。
本記事では、リーダーシップにおける脆弱性とオーセンティシティがそれぞれ何を意味し、なぜインクルーシブな組織づくりに貢献するのか、そしてどのようにこれらを実践していくことができるのかについて考察します。
ビジネスにおける脆弱性(Vulnerability)とは
「脆弱性」と聞くと、「弱さ」や「欠点」といったネガティブなイメージを持つかもしれません。しかし、リーダーシップの文脈における脆弱性とは、そうした単純な弱さを示すこととは異なります。これは、不確実性、リスク、そして感情へのオープンネスを示す態度を指します。具体的には、以下のような行動として現れます。
- 知らないことを正直に認める
- 失敗談や苦労話を共有する
- 助けを求める
- 自信がないことや不安な気持ちを適切に表現する
- 自分の考えや感情を率直に伝えるが、同時に他者のフィードバックを受け入れる姿勢を示す
なぜリーダーが脆弱性を示すことが重要なのでしょうか。特に多様なメンバーから成るチームにおいては、リーダーが自身の不完全さや人間的な側面を見せることで、メンバーは安心して自身の意見や感情を表現できるようになります。これは、心理的安全性の向上に直結します。リーダー自身がリスクを冒して心を開くことで、メンバーも同様の行動を取りやすくなり、信頼関係が醸成されます。心理的安全性が高いチームは、問題提起が活発になり、率直なフィードバックが交わされ、結果として学習能力や適応能力が高まることが知られています。
オーセンティシティ(Authenticity)がもたらすもの
「オーセンティシティ」は、「真実性」「自分らしさ」と訳されることが多い言葉です。リーダーシップにおけるオーセンティシティとは、自身の核となる価値観や信念に基づき、偽りなく自分自身の「あり方」で率いることを指します。それは、周囲の期待や役割に縛られるのではなく、内面から湧き出る想いや考えに忠実に振る舞う姿勢です。
オーセンティックなリーダーは、以下のような特徴を持つことが多いです。
- 自身の価値観、信念、目的を明確に持っている
- その価値観に基づいて意思決定や行動をする
- 自分自身の強みも弱みも受け入れている
- 自身の感情や思考を適切に表現する
- 言行一致しており、予測可能で信頼できる
オーセンティシティがインクルーシブな文化に貢献するのは、リーダー自身が「自分らしくあること」を体現しているからです。リーダーが自分のあり方を隠さずにいることで、多様なバックグラウンドを持つメンバーも、「ここでなら自分らしくいられる」「自分の意見や個性を尊重してもらえる」と感じやすくなります。特にLGBTQ+の当事者であるかどうかにかかわらず、リーダーが飾らない真実の姿を見せることは、メンバーが安心して自身のアイデンティティを職場に持ち込めることにつながり、エンゲージメントや生産性の向上を促します。また、リーダーのオーセンティシティは、メンバーからの信頼を深め、強い結びつきを持ったチームを築く上で不可欠な要素となります。
脆弱性とオーセンティシティの実践に向けて
脆弱性とオーセンティシティは、先天的な資質だけでなく、意識的な努力や実践によって培われるものです。DE&I推進を担うミドルマネージャーとして、自身のリーダーシップにこれらを取り入れるために、以下の点を検討してみてはいかがでしょうか。
- 自己認識を深める: 自身の核となる価値観、信念、強み、弱み、そして感情のパターンを理解することから始めます。ジャーナリング、瞑想、信頼できるメンターやコーチとの対話などが有効です。
- 意図的に心を開く: 完璧でなくても良いという許可を自分自身に与えます。チームミーティングで正直な感想を共有する、最近学んだ失敗から得た教訓を話すなど、小さな一歩から脆弱性を示す練習をします。
- 一貫性を持って行動する: 自身の価値観に基づいて、言動に一貫性を持たせるよう努めます。特に困難な状況や意見の対立がある場面で、自身の信念に忠実であることは、オーセンティシティを示す上で重要です。
- フィードバックを求める・受け入れる: チームメンバーや同僚に、自身のリーダーシップについて率直なフィードバックを求めます。異なる視点からの意見に耳を傾け、それを自己成長の機会と捉える姿勢は、脆弱性を示すことでもあります。
- 感情を適切に表現する: プロフェッショナルな場でも、人間として感じる感情(喜び、懸念、共感など)を抑え込むのではなく、状況に応じて適切に表現します。ただし、感情に流されるのではなく、冷静かつ建設的な方法で行うことが肝心です。
これらの実践は容易ではありません。特にビジネス環境においては、「プロフェッショナルであること」が感情を抑圧することや完璧を装うことと誤解されがちです。しかし、脆弱性やオーセンティシティは弱さではなく、むしろ自己肯定感と他者への信頼に基づく「強さ」の表れです。組織としては、リーダーがこうした新しいリーダーシップスタイルを安心して実践できるよう、心理的安全性の高い文化を醸成し、リーダー育成プログラムにこれらの要素を組み込むなどのサポートが求められます。
まとめ
インクルーシブな組織文化を築く上で、リーダーの役割は極めて重要であり、その「あり方」が組織の雰囲気を大きく左右します。完璧さを装うのではなく、自身の脆弱性を受け入れ、オーセンティシティを持って振る舞うリーダーは、メンバーとの間に深い信頼関係を築き、心理的安全性を高め、多様な個性が輝く環境を作り出します。
DE&I推進に携わるミドルマネージャーの皆様にとって、自身のリーダーシップスタイルに脆弱性やオーセンティシティを取り入れることは、チームのエンゲージメント向上やイノベーション促進に貢献するだけでなく、自身のキャリアにおいても新たな可能性を拓く機会となるでしょう。変化を恐れず、自分自身の「あり方」を探求し、それをチームに開示していくことこそが、これからの時代に求められるインクルーシブなリーダーシップの実践と言えるのではないでしょうか。