DE&I推進の新たな視点:健康経営を通じたLGBTQ+インクルーシブな職場環境づくり
近年、企業経営においてDE&I(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)の推進が不可欠な要素となっています。多様な人材がそれぞれの能力を最大限に発揮できる環境を整備することは、組織の持続的な成長に直結するためです。特に、これまで十分に可視化されてこなかったLGBTQ+従業員のインクルージョンは、多くの企業にとって重要な課題となっています。
一方で、従業員の健康を経営的な視点から捉え、戦略的に実践する「健康経営」もまた、生産性の向上やリスクマネジメントの観点から注目を集めています。では、この健康経営とLGBTQ+インクルージョンは、どのように関連し、互いにどのような相乗効果を生み出すのでしょうか。本稿では、DE&I推進担当者や中間管理職の皆様に向けて、この新たな視点と具体的な実践アプローチについて考察します。
健康経営とは何か
健康経営とは、従業員の健康増進への投資が、将来的に組織の活力向上や生産性向上といったリターンとなって返ってくるという考え方に基づき、健康管理を経営的な視点から戦略的に実践することです。単なる福利厚生としてではなく、従業員の健康を重要な経営資源と捉え、積極的にケアすることで、企業価値の向上を目指します。
健康経営の実践は、従業員の心身の健康維持・増進、ワークエンゲージメントの向上、プレゼンティーイズム(出勤しているものの心身の不調によりパフォーマンスが上がらない状態)やアブセンティーイズム(欠勤)の抑制、離職率の低下など、様々な効果をもたらすとされています。
LGBTQ+従業員が直面しうる健康・ウェルビーイングの課題
残念ながら、社会にはいまだにLGBTQ+の方々に対する偏見や無理解が存在します。こうした社会的な要因に加え、職場の環境や人間関係によっては、LGBTQ+従業員が特有の課題に直面することがあります。これらの課題は、その方の心身の健康やウェルビーイングに影響を及ぼす可能性があります。
例えば、自身のセクシュアリティやジェンダーアイデンティティを隠して働くことによるストレスや心理的な負担、アウティング(本人の許可なく他者に自身の性的指向や性自認を暴露されること)への不安、差別的な言動やマイクロアグレッション(意図せずとも特定の属性に対する偏見や敵意を示す日常的な言動)に晒されることによる精神的なダメージなどが挙げられます。また、シスジェンダー(出生時に割り当てられた性と性自認が一致している人)やヘテロセクシュアル(異性愛者)を前提とした社会システムや制度設計の中で、医療機関の受診や福利厚生制度の利用において困難を感じるケースも存在します。
このような課題は、従業員のエンゲージメントや生産性を低下させる要因となり得ます。したがって、LGBTQ+従業員の健康とウェルビーイングに配慮することは、組織全体の健康経営を推進する上で非常に重要と言えるでしょう。
健康経営とLGBTQ+インクルージョンの相乗効果
LGBTQ+インクルージョンを推進することは、LGBTQ+従業員が職場で心理的な安全性をもって自分らしくいられる環境を創出します。これにより、上記で触れたようなストレスや不安が軽減され、心身の健康維持につながります。従業員が健康で、高いウェルビーイングを感じていれば、エンゲージメントや生産性の向上に繋がることは、健康経営の考え方そのものです。
つまり、LGBTQ+インクルージョンは、単に多様な人材を「受け入れる」だけでなく、その多様性を活かし、従業員一人ひとりの健康と幸福度を高めるための強力なツールとして機能しうるのです。これは、組織全体の健康経営の基盤を強化することに他なりません。健康経営とLGBTQ+インクルージョンは、従業員のウェルビーイング向上という共通の目的に向かう、相乗効果を生み出す関係にあると言えます。
健康経営を通じたLGBTQ+インクルーシブな職場環境づくりの具体的な実践策
健康経営の視点を取り入れながらLGBTQ+インクルージョンを推進するためには、以下のような具体的な施策が考えられます。
1. 福利厚生制度・人事制度のインクルーシブ化
健康診断、人間ドック、ストレスチェック、各種健康相談窓口、疾病休暇、育児・介護休業、慶弔休暇、住宅補助などの福利厚生制度や人事制度について、同性パートナーや事実婚の関係にある従業員にも適用範囲を広げることが基本です。また、健康診断や予防接種の問診票において、性別に関する項目や設問がシスジェンダーを前提としていないか、性別適合手術に関する配慮が必要な場合があるかなど、医療関連の制度についてもインクルーシブな視点で見直すことが重要です。
2. メンタルヘルス支援の強化
LGBTQ+当事者やそのアライ(支援者)であることを理由としたハラスメントや差別は、従業員のメンタルヘルスに深刻な影響を及ぼします。相談しやすい環境を整備し、外部の専門機関と連携してLGBTQ+に関する専門知識を持つカウンセラーを紹介できる体制を構築することも有効です。また、EAP(従業員支援プログラム)の内容にLGBTQ+に関する項目を含めることも検討すべきです。
3. 健康に関する情報提供のインクルーシブ化
健康に関する社内報や啓発資料を作成する際、性の多様性に配慮した表現を用いることが重要です。例えば、性感染症に関する情報提供において、特定のセクシュアリティに偏った記述を避け、全ての従業員にとって relevant(関連性のある)な情報となるように配慮します。
4. アライシップ醸成と啓発活動
従業員一人ひとりがLGBTQ+に関する正しい知識を持ち、アライとして行動できるよう、継続的な研修やワークショップを実施します。職場の心理的安全性を高める上で、アライの存在は不可欠です。健康やウェルビーイングに関するテーマと絡めて、例えば「誰もが安心して健康に関する相談ができる職場とは」といった切り口で対話を促すことも有効です。
5. 医療機関受診時の配慮に関する啓発
従業員が健康診断や医療機関を受診する際に、自身のセクシュアリティやジェンダーアイデンティティについてどのように説明するか、あるいは説明しないかといった選択の自由を尊重するための啓発を行います。また、必要に応じて、インクルーシブな医療機関の情報提供なども検討できます。
中間管理職の役割
これらの施策を現場レベルで浸透させるためには、中間管理職の皆様の役割が非常に重要です。
- 心理的安全性の醸成: チーム内でLGBTQ+に関する話題もオープンに話せる雰囲気を作り、多様なメンバーが安心して働ける環境を整えること。
- 制度の理解促進と活用支援: インクルーシブ化された福利厚生制度やメンタルヘルス支援について正しく理解し、必要に応じてメンバーに利用を促すこと。
- メンバーからの相談への対応: LGBTQ+に関連する健康やウェルビーイングに関する相談を受けた際に、適切に傾聴し、一人で抱え込まずに社内外の相談窓口へ繋ぐこと。
- アンコンシャス・バイアスの認識: 自身の持つ無意識の偏見が、メンバーとのコミュニケーションや健康への配慮に影響を与えていないか常に省みること。
これらの実践は、中間管理職自身のリーダーシップスタイルを多様化し、インクルーシブなリーダーシップへと進化させる機会にもなります。
まとめ
健康経営とLGBTQ+インクルージョンは、従業員のウェルビーイング向上という共通の目標に向かう、強力な相互補完関係にあります。DE&I推進担当者や中間管理職の皆様がこの視点を持ち、人事制度や福利厚生、メンタルヘルス支援、啓発活動などを統合的に推進することで、より包括的で持続可能なインクルーシブな職場環境を構築することができます。
従業員一人ひとりが心身ともに健康で、自分らしく活躍できる組織こそが、真の競争力を持ち、不確実性の高い現代においてもレジリエンスを発揮できると考えられます。この新たな視点を取り入れ、組織の健康と多様性の両面から、より良い未来を築いていくことが期待されます。