LGBTQ+インクルーシブな福利厚生制度設計:人事部が検討すべきポイントと実践例
なぜ今、福利厚生のインクルージョンが必要なのか
企業のDE&I(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)推進において、採用や研修プログラムの充実に加え、福利厚生制度の見直しは非常に実践的で重要なステップです。特に、LGBTQ+(性的指向がレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル、性自認がトランスジェンダー、その他性的少数者)に関するインクルージョンを考える上で、既存の福利厚生制度が必ずしも多様な従業員のニーズに対応できていない場合があります。
多くの企業の福利厚生制度は、異性間の法的な婚姻関係や、生物学的な性別を前提とした設計になっていることが少なくありません。これは、LGBTQ+当事者の従業員にとって、制度の利用資格がなかったり、利用できても心理的な負担を伴ったりする原因となります。
インクルーシブな福利厚生制度を整備することは、単に形式的な対応ではありません。それは、すべての従業員が「ここで働き続けたい」「安心して自分らしく能力を発揮できる」と感じられる心理的安全性の高い職場環境の構築に直結します。ひいては、従業員のエンゲージメント向上、優秀な人材の獲得・維持、そして企業のブランドイメージ向上にも大きく貢献します。人事担当者として、この視点を持つことが、組織全体のDE&I推進を加速させる鍵となります。
LGBTQ+当事者が直面しうる福利厚生上の課題
福利厚生制度における既存の設計が、LGBTQ+当事者にとってどのような課題を生じさせているのかを理解することは、見直しの第一歩です。具体的な課題としては、以下のような点が挙げられます。
- パートナーシップに関する権利の不在: 法的な婚姻関係がない同性のパートナーや、法的に性別変更をしていないトランスジェンダーのパートナーに対して、異性間の配偶者や家族に認められている慶弔休暇、家族手当、社宅入居、赴任手当などが認められないケースがあります。
- 育児・介護関連制度の利用制限: パートナーの子や、共に養育する子に対する育児休業や子の看護休暇、パートナーの両親に対する介護休業などが利用できない場合があります。
- 健康診断・医療関連の配慮不足: 健康診断の問診票や受診方法、企業が加入する団体保険において、性別違和への配慮や同性パートナーを扶養家族として登録する際の課題が生じることがあります。
- 氏名・性別に関する不一致: 戸籍上の氏名や性別が、日常使用している氏名や性別と異なる場合、社内システムや書類手続きにおいて不便や精神的な負担が生じることがあります。
- 社内イベント・慶弔見舞金: 社員旅行の部屋割りや、結婚・出産に関する慶弔見舞金などが、異性カップルや生物学的な性別を前提としているため、利用しづらい、あるいは利用できない場合があります。
これらの課題は、従業員の日常生活やライフイベントにおける安心感を損ない、「自分は組織の一員として認められていないのではないか」という疎外感につながりかねません。
インクルーシブな福利厚生制度のための具体的な検討ポイントと実践例
人事部として、LGBTQ+インクルーシブな福利厚生制度を設計・改定する際には、以下の具体的なポイントを検討し、実践に移すことが有効です。
1. パートナーシップの定義見直し
最も基本的なステップは、福利厚生制度における「配偶者」「家族」の定義を、法的な異性婚のみに限定せず、同性パートナーや事実婚なども含めるように見直すことです。
- 実践例:
- 「配偶者」の定義に「自治体の発行するパートナーシップ証明書を有する者、または会社が定める要件を満たす事実上のパートナー関係にある者を含む」といった文言を加える。
- 社内規定において、婚姻や配偶者に関する記述を「結婚またはパートナーシップ」といった表現に置き換えることを検討する。
- 慶弔休暇、家族手当、社宅入居資格、赴任手当、死亡退職金受取人指定など、配偶者や家族を要件とする制度全般をリストアップし、定義見直しによる適用範囲の拡大を図る。
2. 育児・介護関連制度の柔軟な適用
育児や介護に関する制度も、多様な家族形態に対応できるよう見直します。
- 実践例:
- 育児休業・介護休業の対象家族に、同性パートナーやその子を含めることを明記する。
- 子の看護休暇や介護休暇の対象に、法的な親子関係によらない養育関係や介護関係にある者を含めるか検討する。
3. 健康診断・医療関連の配慮
従業員の健康管理においても、きめ細やかな配慮が求められます。
- 実践例:
- 健康診断の受診票における性別記載について、必須としない、あるいは「男性」「女性」以外の選択肢や自由記載欄を設けるなどの柔軟な対応を検討する。
- 診断時の配慮が必要な従業員(例: トランスジェンダー)がいる場合、事前に産業医や健診機関と連携し、安心して受診できる環境を整える。
- 企業が提供する団体保険や生命保険において、同性パートナーを受取人や被扶養者として登録できるか保険会社と確認し、可能であれば従業員に周知する。パートナー同伴での健診受診などを許可する。
4. 氏名・性別に関する社内システム・手続きの対応
通称名使用を認め、社内システムや手続きがそれに円滑に対応できるようにします。
- 実践例:
- 社員名簿、メールアカウント、名刺、IDカード、社内申請書類などで、通称名(業務上の氏名)の使用を認め、システム設定を改修する。
- 福利厚生制度の申請や利用において、通称名を使用できる範囲を拡大する。
5. その他の福利厚生制度の見直し
前述以外の様々な制度についても、インクルーシブな視点で見直します。
- 実践例:
- 慶弔見舞金規定において、「結婚」の定義をパートナーシップにも拡大する。
- 社員旅行や社内イベントの企画・実施において、性別や家族構成を前提としない配慮を行う(例: 部屋割りの希望聴取、参加形態の多様化)。
- 服装規定について、特定の性別を前提とした制服を廃止し、多様な選択肢を用意する。
制度設計・改定におけるプロセスと留意点
インクルーシブな福利厚生制度を実効性のあるものとするためには、制度自体の見直しに加え、導入・運用プロセスも重要です。
- 現状把握とニーズ聴取: まず、現行制度がLGBTQ+従業員にとってどのような課題を含んでいるかを正確に把握します。アンケート実施、相談窓口の設置、DE&Iに関する従業員グループ(ERGなど)との対話を通じて、当事者や関係者の生の声、具体的なニーズを丁寧に聴取することが不可欠です。
- 法規制・社会動向の確認: 関連する法規制(例: 労働基準法、育児介護休業法)や、自治体のパートナーシップ制度、国内外の企業の先進事例について情報収集を行います。
- 専門家の知見活用: 必要に応じて、LGBTQ+に関する知見を持つDE&Iコンサルタントや弁護士、社会保険労務士などの専門家に相談し、法的な課題や制度設計上のアドバイスを得ることも有効です。
- 社内合意形成と周知: 制度改定案について、経営層、組合、従業員代表など、社内の関係者と十分に協議し、合意形成を図ります。改定した制度については、その内容と利用方法をすべての従業員に分かりやすく周知することが重要です。プライバシーに配慮しつつ、制度利用に関するFAQを作成するなどの工夫が考えられます。
- 継続的な見直し: 社会の状況や従業員のニーズは常に変化します。一度制度を改定して終わりではなく、定期的に従業員の意見を聞き、制度が実態に即しているか、適切に機能しているかを確認し、必要に応じて見直しを行う姿勢が大切です。
結論:インクルーシブな福利厚生制度が築く、すべての従業員が輝ける未来
LGBTQ+インクルーシブな福利厚生制度の設計・運用は、単なるコンプライアンス対応ではなく、企業が多様な人材を活かし、持続的に成長していくための戦略的な投資です。人事担当者として、既存の制度に潜む無意識の偏見に気づき、すべての従業員が安心して制度を利用できるよう具体的なステップを踏むことが求められます。
インクルーシブな福利厚生制度が整備されることで、LGBTQ+当事者の従業員は組織への信頼感を高め、心理的安全性が向上し、その能力を最大限に発揮できるようになります。これは、従業員個人のウェルビーイング向上に貢献するだけでなく、組織全体の生産性や創造性の向上にも繋がります。
福利厚生制度の見直しは、DE&I推進の具体的な成果として目に見えやすく、従業員のエンゲージメントを高める強力な手段となり得ます。この記事が、人事担当者の皆様がインクルーシブな組織文化を醸成するための一助となれば幸いです。