インクルーシブ・ビジネス:LGBTQ+リーダーシップ

心理的安全性の醸成が拓くLGBTQ+インクルージョン:ミドルマネジメントが果たす役割

Tags: 心理的安全性, LGBTQ+, インクルージョン, DE&I, ミドルマネジメント, 組織文化, リーダーシップ

はじめに:DE&I推進の新たな焦点

企業の持続的な成長とイノベーションにおいて、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DE&I)の推進が不可欠であるという認識は広く共有されるようになりました。特に、職場におけるLGBTQ+インクルージョンの重要性は増しており、多くの企業で理解促進や制度整備が進められています。しかし、単に制度を整えるだけでなく、従業員一人ひとりが「ありのままの自分」で安心して働ける環境をどのように築くか、という課題に直面している組織も少なくありません。

この「安心感」の基盤となるのが、「心理的安全性」です。本稿では、心理的安全性が職場におけるLGBTQ+インクルージョンにどのように貢献するのか、そして特に組織の中で重要な役割を担うミドルマネジメントがその醸成にどう関わるべきかについて考察します。

心理的安全性とは何か

心理的安全性とは、組織の中で「自分の意見や感情、疑問、失敗などを率直に表明しても、対人関係上のリスクを負うことはない」という、チームメンバー間の共通認識や信頼感を指します。これは、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授によって提唱された概念です。

心理的安全性の高い環境では、従業員は恐れや不安を感じることなく、自由に発言し、建設的なフィードバックを行い、あるいは助けを求めることができます。これにより、情報共有が活性化し、問題発見や解決が促進され、結果として組織全体のパフォーマンス向上につながるとされています。

心理的安全性とLGBTQ+インクルージョンの深い関係

LGBTQ+インクルージョンの推進において、心理的安全性は極めて重要な要素となります。その理由は以下の通りです。

1. カミングアウトの選択と安全性の確保

LGBTQ+の当事者にとって、職場でのカミングアウトは非常に個人的な選択であり、多くの葛藤を伴います。心理的安全性が低い環境では、「カミングアウトすることで評価が下がるのではないか」「差別的な言動を受けるのではないか」といった不安が大きくなります。逆に、心理的安全性が高い環境であれば、当事者は自らの意志に基づき、安心してカミングアウトする、あるいはカミングアウトしないという選択をすることができます。どちらの選択であっても、尊重されるという確信が持てるのです。

2. ありのままの自分で働くことの促進

カミングアウトの有無にかかわらず、LGBTQ+当事者が職場で「ありのままの自分」でいられるためには、心理的な安全が不可欠です。これは、自身のパートナーについて話したり、週末の過ごし方について話したりといった日常的な会話においても、自身のアイデンティティを偽る必要がない状態を指します。常に自分の一部を隠して働くことは、大きなストレスとなり、エンゲージメントや生産性を低下させます。心理的安全性の高い環境は、このような負担を軽減し、当事者が自身の能力を最大限に発揮できる状態を創り出します。

3. マイクロアグレッションへの対処と回復

意図的ではないにせよ、無意識のうちに行われる差別的な言動や偏見に基づく振る舞い(マイクロアグレッション)は、職場における心理的安全性を著しく損ないます。LGBTQ+当事者が、このようなマイクロアグレッションやその他の懸念について、恐れることなく声を上げ、適切な対応を求めることができる環境は、心理的安全性の高さを示す指標となります。そして、組織としてこれらの声に真摯に対応することが、さらなる心理的安全性の醸成につながります。

ミドルマネジメントが心理的安全性を醸成するために果たすべき役割

部署やチームの日常的な運営を担うミドルマネジメントは、従業員の心理的安全性を左右する上で中心的な役割を果たします。DE&I推進担当者として、ミドルマネージャーをエンパワーし、必要なツールや知識を提供することが重要です。ミドルマネジメントが実践できる具体的な行動には、以下のようなものがあります。

1. オープンなコミュニケーションと傾聴の姿勢

チームメンバーが安心して話せる雰囲気を作ります。会議や1対1の面談において、一方的に話すだけでなく、積極的に耳を傾け、異なる意見や懸念を歓迎する姿勢を示します。「何か気になることはありますか」「困っていることはありませんか」といった問いかけを常に行い、話しやすい関係性を構築します。

2. 公正さと包容性のある態度

チームメンバーの多様なバックグラウンドや経験を理解し、尊重します。評価や機会の提供において、偏見を持たず公正な態度を貫きます。LGBTQ+に関する基本的な知識を身につけ、適切な言葉遣いを心がけるなど、意識的な学習と実践を行います。

3. 失敗や異なる意見を許容する文化作り

新しい提案や試みが失敗した際に、個人を責めるのではなく、学びとして捉える姿勢を示します。また、自分自身の過ちや分からないことを素直に認め、助けを求めることによって、チームメンバーも同様の行動を取りやすくなります。異なる意見や疑問に対しても、「なぜそう考えるのですか」と興味を持って尋ね、議論を奨励します。

4. アライとしての可視的な行動

LGBTQ+の権利を支持する姿勢を明確にし、チームメンバーの前でそれを示すことが重要です。例えば、DE&I研修への積極的な参加を促したり、社内リソース(LGBTQ+関連の従業員リソースグループなど)について周知したり、差別的な言動があった場合には明確に訂正したりといった行動です。これは、当事者だけでなく、他のアライ予備軍のメンバーにも安心感を与えます。

5. 具体的な環境整備の促進

ユニバーサルデザインの視点を取り入れた物理的・情報的な環境整備も重要です。例えば、性別にとらわれないトイレの設置の検討、申請書類における性別表記の柔軟化、インフォーマルな場での代名詞の共有の推奨などが挙げられます。これらの具体的な取り組みは、組織のインクルージョンへのコミットメントを目に見える形で示し、心理的安全性を高める効果があります。

心理的安全性がもたらす組織へのポジティブな効果

心理的安全性の高い環境でLGBTQ+インクルージョンが進むことは、組織全体に多くのポジティブな効果をもたらします。

まとめ:持続可能なインクルージョンのために

LGBTQ+インクルージョンは、特定のマイノリティへの配慮にとどまらず、全ての従業員が尊重され、その能力を最大限に発揮できる、より公平で公正な社会の実現に向けた取り組みです。そして、その実現には、組織の基盤である心理的安全性の確保が不可欠です。

特にミドルマネジメントは、日々のチーム運営を通じて、この心理的安全性のレベルを大きく左右する立場にあります。DE&I推進担当者の皆様は、ミドルマネジメント層への働きかけを強化し、彼らが心理的安全性の重要性を理解し、具体的な行動に移せるようサポートすることが、組織全体のLGBTQ+インクルージョンを推進する上で最も効果的な戦略の一つとなるでしょう。

心理的安全性の醸成は一朝一夕に成し遂げられるものではありません。継続的な学習、対話、そして実践を通じて、全ての人にとって真にインクルーシブな職場環境を共に築いていくことが求められています。