ストーリーテリングが変えるDE&I推進:LGBTQ+インクルージョンを深める実践手法
DE&I(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)の推進は、現代の企業経営において不可欠な要素となっています。制度や方針の策定はもちろん重要ですが、組織の多様性を真に受け入れ、全ての従業員が能力を最大限に発揮できるインクルーシブな文化を醸成するには、単なるルール作りを超えたアプローチが求められます。特にLGBTQ+に関する理解促進やインクルージョンの深化においては、表面的な知識だけでなく、個々の経験や感情に触れることが、より深い共感と行動変容を促す鍵となります。
そこで注目されるのが、「ストーリーテリング」の力です。本記事では、DE&I推進、特にLGBTQ+インクルージョンにおいてストーリーテリングがなぜ有効なのか、そして人事・DE&I担当者や中間管理職がどのように実践に取り入れることができるのかを解説します。
なぜDE&I推進にストーリーテリングが有効なのか
DE&Iに関するデータや統計は、多様性の必要性やビジネスメリットを論理的に示す上で非常に強力です。しかし、それだけでは人々の感情や価値観に深く響かない場合があります。抽象的な概念である「多様性」や「包容性」を、具体的な個人の経験として伝えることで、聞き手はよりパーソナルなレベルでテーマを理解し、共感することができます。
ストーリーテリングがDE&I推進において有効な理由はいくつかあります。
- 共感の促進: 人はストーリーを通して、語り手の感情や視点を追体験しやすくなります。これは、自分とは異なるバックグラウンドを持つ人への共感を生み出す強力な手段となります。LGBTQ+当事者の経験を聞くことは、見えづらい課題や日常的な困難を具体的に理解する助けになります。
- 「自分ごと」化: ストーリーは聞き手自身の経験や感情と結びつきやすく、「自分ごと」として問題やテーマを捉えるきっかけを与えます。これにより、DE&Iは「会社がやるべきこと」ではなく、「自分自身に関わること」という認識に変わっていきます。
- 心理的な壁の低減: 硬い情報や指示に比べて、ストーリーは親しみやすく、聞く側の心理的な抵抗感を和らげます。難しいテーマであっても、ストーリー形式であればオープンに耳を傾けやすくなります。
- 記憶への定着: データや事実だけでなく、ストーリーは感情とともに記憶に残りやすい傾向があります。これにより、DE&Iに関する重要なメッセージが組織内に浸透しやすくなります。
特にLGBTQ+に関するテーマにおいては、個人差が大きく、画一的な情報伝達では理解が深まりにくい側面があります。多様なストーリーに触れることは、LGBTQ+コミュニティの多様性自体を学ぶ機会にもなります。
DE&I推進におけるストーリーテリングの実践手法
では、実際に組織内でストーリーテリングをDE&I推進、特にLGBTQ+インクルージョンのために活用するにはどうすれば良いでしょうか。いくつかの実践手法を提案します。
1. どのようなストーリーを語るか
語られるべきストーリーは多岐にわたります。
- 当事者の経験: カミングアウトの経験、職場で感じたポジティブなこと、困難だったこと、サポートされて嬉しかったこと、自身のアイデンティティが仕事にどう影響しているかなど。
- アライシップの経験: LGBTQ+の同僚や友人をどのようにサポートしたか、アライになることで自身の視点や行動がどう変わったか、アンコンシャス・バイアスに気づきそれを乗り越えた経験など。
- リーダーのビジョン: なぜ自身がDE&Iを推進するのか、多様なメンバーが活躍する組織の重要性について、自身の経験を交えながら語る。
- 制度や取り組みの背景: どのような声を受けて新しい制度ができたのか、その制度が実際にどのように個人の役に立っているのかを具体例を交えて語る。
2. 誰が語るか
ストーリーを語る主体も重要です。
- LGBTQ+当事者: 最も直接的でパワフルな視点を提供できます。ただし、語るかどうかは完全に本人の意思に委ねられ、強制は絶対にしてはなりません。安全な環境と十分なサポートが必要です。
- アライ: 当事者以外の従業員にとって共感しやすく、アライになることの重要性や方法を示す上で有効です。
- リーダー: リーダーが自身のDE&Iへのコミットメントを個人的なストーリーで語ることは、組織全体の意識を変える強いメッセージとなります。
- 人事・DE&I担当者: 取り組みの背景や意義を、単なる施策説明ではなく、具体的なエピソードを交えて語ることができます。
- 外部講師/専門家: 多様な視点や広範な事例を提供できます。
3. どのような場で語るか
ストーリーを伝える場を適切に設定することが重要です。
- 社内研修やワークショップ: DE&I研修の一部として、当事者やアライのストーリー共有の時間を設ける。少人数での対話形式にするとより効果的です。
- タウンホールミーティング/全社集会: リーダーが全従業員に向けて、DE&Iに関する自身のストーリーやビジョンを語る。
- ERG(従業員リソースグループ)活動: ERGのミーティングやイベントで、メンバーが自身の経験を共有する場を設ける。これは特に安全な空間で話したい当事者にとって重要です。
- 社内報/イントラネット: テキストや動画形式で、従業員のストーリーを紹介する連載記事や特集を組む。匿名での投稿も選択肢に入れる。
- 社内ポッドキャスト/動画コンテンツ: よりカジュアルな形式でストーリーを配信し、多様な従業員がアクセスしやすいようにする。
4. 効果的なストーリーテリングの要素と注意点
効果的なストーリーは、以下の要素を含んでいることが多いです。
- 明確なメッセージ: そのストーリーを通して何を伝えたいのか。
- 具体性: いつ、どこで、誰が、何をしたのか。具体的なエピソードを盛り込む。
- 感情: その時にどう感じたのか、聞き手が共感できる感情の描写。
- 共感ポイント: 聞き手が自分との共通点を見つけられるような要素。
- 示唆や学び: ストーリーから得られる教訓や、聞き手に考えてほしいこと。
一方で、ストーリーテリングを実践する上での注意点もあります。
- プライバシーと安全への配慮: 当事者にストーリー共有を強制しないこと。語る内容や公開範囲は本人の意思を最大限尊重すること。心理的な安全性が確保された環境で行うこと。
- 「典型」として扱わない: 個人のストーリーはその人の固有の経験であり、全てのLGBTQ+当事者に当てはまるわけではないことを明確に伝えること。
- 目的意識を持つ: 何のためにこのストーリーを語るのか、その目的(理解促進、共感醸成、行動変容など)を明確にしておくこと。
ストーリーテリングが組織文化に与える影響
ストーリーテリングを継続的に実践することは、組織文化に大きな影響を与えます。
- 心理的安全性の向上: 自分の経験や考えをオープンに話せる文化が醸成され、多様な意見が出やすくなります。
- 相互理解と信頼関係の構築: お互いの背景や価値観を知ることで、従業員間の理解が深まり、信頼関係が築かれます。
- エンゲージメントと帰属意識の向上: 「自分はここで受け入れられている」「自分の経験は価値がある」と感じることで、従業員のエンゲージメントと組織への帰属意識が高まります。
- インクルーシブなリーダーシップの発揮: リーダー自身が脆弱性やオーセンティシティを示すストーリーを語ることで、部下も安心して自己開示できるようになります。また、リーダーは多様なメンバーのストーリーを「聴く」ことの重要性を学びます。
まとめ
DE&I推進、特にLGBTQ+インクルージョンの深化には、制度や知識だけでなく、個人の経験に基づいたストーリーテリングが極めて有効な手法となります。データやロジックでは伝えきれない共感や感情に訴えかけることで、従業員の理解を深め、「自分ごと」としてDE&Iを捉えてもらうことができます。
人事・DE&I担当者や中間管理職は、当事者やアライのストーリーを共有する場を企画・提供し、自身もまたDE&Iに対する考えや経験をストーリーとして語ることで、組織全体の意識変革をリードすることができます。ストーリーテリングは、心理的安全性を高め、相互理解と信頼を育み、真にインクルーシブな組織文化を築くための強力なツールと言えるでしょう。継続的な対話とストーリーの共有を通じて、誰もが自分らしく活躍できる職場環境を目指していくことが重要です。